教育 虐待 徒然

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中学校の入学での塾通いで、教育虐待のニュース
昨今の教育は親子共々、大変な時期。

子どもは勉強しないといけないし、遊びたいし・・・・。

成長と共に、広がる社会。そこで必要なのは共通認識と共同意識とか・・・。いずれ世間を渡っていくため、上手に関わり合うためには、お勉強も遊び心も両方大切。

子どもに、両方ともバランスよく興味を持ってもらうには、育てる親にはその方法・技術も必要。遊びを覚えるのは多分に自発的だけれど、勉強するには親の手助けが必要な場合が多い事でしょう。その子どもたちの勉強の、先生の始めの第一歩は、親。

小さい子どもほど、周囲を観て真似て、模倣して、覚えて行く。真似る時に興味を惹けば惹くほど、子どもは熱心に真似ようとする。

興味をそそらせることも、親の子に対する接触次第・・・。子どもの反応を感じつつ、ゆっくりと覚える事に集中して後々、遊びも勉強もシッカリ出来る子に育って欲しいモノ。

多分、よく遊ぶ子はよく勉強もできる。

今、遊んでばっかりでも勉学にいそしむトリガーを引くのは、不意に訪れる機会を待つのか、子どもの身の回りの誰かが、作為的に誘導するか・・・?子どもは環境に左右されやすいのも、事実でしょう。

子どもに対して最も身近な環境で、関わっている人間とは取りも直さず子どもの親。

親が子を虐げても不幸が待っているだけ。虐待には愛がないから虐待。愛があれば、教育。

もしも、獅子が我が子を谷底へ突き落とすのなら、そしてそれが生死を賭けた選択で逞しさを試すのなら、その試練で死なせてはいけないから獅子の親は死なない谷底に落とす事でしょう。勿論、子供たちの怪我も想定して・・・?それは、決して過保護ではなくて、配慮。

包丁を持ってママゴトをさせるにも、その子どもそれぞれの発育状況と親の判断。切れる刃物を持たせられるタイミングは、初めは親の判断に委ねられている。

という事で遊ばせもし、勉強にも子どもが自律的に率先して実行するには、お初の親が行う環境づくりが、ヤッパリ大切でしょう。

当然その成否は、親にかかっている。その失敗を早急に改善するために、虐待を選択すのは親の不勉強と不始末。

でもどうしても現状を打破したいのなら、そこに注ぐ努力はあの時やっておけばよかったと後悔したときには、その頃以上に、エネルギーが必要に・・?

事程左様に、鉄は熱いうちに打つべき・・・?

子どもの教育は後回しにすればするほど、エネルギーはより必要になる様に出来ている。ハードランディングもソフトランディングも親次第。

我が子の生殺与奪は、親に委ねられた重大な使命・宿命。
子どもがシッカリ独立できるまでは・・・。
この時、独立出来る力は子どもの成長に関わる遊びと勉強にかかっている・・・?

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