サービス 福祉 ニュース

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五体満足を常々気にもせず、日々暮らしていると自分の傲慢さにフトした出来事で、恥ずかしくなる時があります。

"自分も情けない人間だな"などと、一時人目を気にする時があるのといのは、非常に恥ずかしい・・・。

かと言って、個人的な日頃には、及ばぬことへ不平・不満とかに悩まされる日々・・・。

身体に不自由をもって生活しておられる方は、相当な経験と訓練を課せられて、私たちと同じ時間を過ごしている。

勿論、偶然にも遭遇して同行とか、その折に彼らに対して自分が何か出来る事があってそれが出来る事だったら、その事を遂行したいし、当然の様にする。

けれども、お相手の気持ちまでは把握できない、そんな自分の粗雑さが気になったりして、もしかしたら要らぬお節介は互いの空間に闇を作り出して、気付かぬ陥穽(かんせい)を作りかねない・・・。

"手話で会話していたグループに店員が差し出したのは…居酒屋の「紙対応」に感動した本当の理由を聞いた"の記事を見て爽快な気持ちにさせられて、まるで自分事の様に、溜飲が下がる思いになりました。

若い頃のある日の地下鉄で、耳の不自由な男性同士が向かい合う座席で座りながら手話を交わされていた時、その身振り手振りの派手さから喧嘩でもしているかのような感じを受けたのですが、互いに静かに笑いだして、何か面白い話しをしていたのかと、ホッとした事を覚えています。

スピーディーな手話はその時が、初めての出会いだったので、少々驚きました。

彼らにしてみれば、多数派の私たちの行動は見慣れてはいるのでしょうが、逆の立場になれば、知らなかった事がその時に思い知らさたワケです。

サービスの提供とは、このニュースの事を云うのでしょう。お互いの心が温まる対応というのは、本当に難しい。深く考えてしまうと一見、不思議な深みにハマってしまったりする事も・・・?

この際、ご迷惑かも知れないが困っていると感じたら、出来る限りの行動を取って、事がスムースに運ぶことを目指して後、お節介を詫びる事にすれば好いとも思いました。

もしかしたら、相手の気を損ねているかもしれない事を感じられる繊細な分析を出来かねない時は、ただ手を差し延べれば良いのかもしれません。

そして会釈する。相手が了解してくれればそれで終わり。次の行動に移る。相手にも要らぬ気を使わせたくない。

これで、世間が上手く回ってくれれば幸いなのですが・・・。

AIの進歩・発達でこの辺りの壁の様な境が、無くなってくれればありがたいモノです。五感を正常に機能させていてもまだまだ危険性のある場所や時だってある。

ましてや不自由さをもって日々生活をしていく人々にとっては、決して優しくはない世間。テクノロジーの力で少数派の生活改善が図れれば、それこそが福祉国家。

政治家の皆様には、頑張って頂きたいところです。経済界の皆様にも頑張ってもらえる様に景気が良くなってくれれば、ありがたいのですが・・・。

ヨガ 医学 ニュース

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ヨガが世界的に評判の様です。というのも、医学会でヨガの効果についての臨床結果が、話題になっているというニュースから・・・。

世界に広がるヨガ、記憶や集中力にも効果?
ヨガの治癒力、炎症マーカーで検証等々・・・。

ヨガはインド発祥のポーズを取って、呼吸を整えて瞑想にも通じる、修行とか神秘のイメージです。

ところが、ヨガを実践する皆様は、健康や美容、ダイエット効果は、もしかしたら医学的にも臨床報告が数多く報告されて、近い将来もっと活用される時代が訪れるかもしれません。

有酸素運動のエアロビとかとは、真逆な静的なイメージなので、何となく取り組みやすい感覚もあります。

昨今ではホットヨガも広がって来て、美容やダイエットに敏感な女性の間では結構、人気な様です。

医学界の見解では、ヨガをたしなむ事で、免疫力に期待される報告とか、不眠症・不安障害・慢性ストレスにもどうやら効果があるとの研究も報告されています。

何事にも"継続は力なり"は付きものなので、ヨガにチャレンジするのなら出来れば、即効性を期待したいところです。

となれば有能なインストラクターの下で、ヨガの実践を受けてみたり、お話を伺うのもアナガチ近道なのかもしれません。

あるいは、小さな投資を試みるとか、専用のウェアマットをゲットして自宅で楽しめる様になれば、近い将来ヨガを続ける事で、よい事が起こるかもしれません・・・?

美容や健康、ダイエットに興味アリとか、深刻な情緒不安定の方には一念発起して、ヨガに取り組むのも良いのかもしれません。

予め期限を設けて、自分なりのシバリを設けて一生懸命に取り組む価値アリなヨガの件のお話です。

アトピー オリラジ サウナ

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アトピー性皮膚炎は今以って、生涯のお付き合いなのです。幼少の頃から悩まされ続けて来ましたが実を言うと、ある年齢を境にして劇的にその症状が改善しました。

その頃の事を思い出せば、発汗・水が個人的には印象として今尚、記憶にあったりします。

バリバリのアトピー性皮膚炎を患っていた頃は、関節の裏側や頭皮等に強烈な痒みを覚えたり、風呂や就寝時等の体温の変化で痒みが発症して、夏などに発汗すれば、痒みの原因にもなっていたことは確実に、経験してきました。

一方その当時は発汗は、周りの同年齢の子どもたちに比べて少なかった。汗っかきでは無かったのです。他方アトピーの症状が緩慢になってから汗をかく様になりました。

けれども、以前のような痒さを感じる事も少なくなって掻きむしる行為は気が付けば、極度に収まりました。かと言って症状が完璧に収まったとは言い難く、人一倍ポリポリ、ボリボリと無意識に掻いたりしているとは思います。

ただ、出血するまでには至らなくなって来ました。何時しか病院にも通わなくても困らない程になって、治療薬にも頼らずとも日常生活には差支えのない状態になりました。

成人を迎えて、社会生活が始まりサウナを経験した時、発汗してもひどかった頃の様な症状が無かったのは、そう言えば心当たりがありました。

サウナでの発汗は冷水との交互の振る舞いでなのか、その症状を気にする事が無かった・・・。

お医者さんもむしろ、サウナを否定はせず効果の期待を話されていた様にも覚えています。とにかく清潔にする事、スキンケアと興奮も痒みの原因になるとかの処方を教えてくれてました。

今思えばアトピー性皮膚炎は、自らの身体を実験台にしてと言うよりも、やりたい事はやってしまって後から後悔したり、気にならなかったりで、体質が改善している実感は先に述べた事以外では印象的な想い出はありません。

さて、お医者さんの見解やアトピー性皮膚炎の当事者の中でもサウナの効能に肯定的なお話が伺える様ですが、個人的には同意します。サウナはアトピー性皮膚炎に好転的なのかもしれません。

サウナと言えばオリラジの藤森慎吾さんが有名です。彼はサウナにこだわっていて、サウナの整え方で評判になっていますネ。そして静岡県の"サウナしきじ"も有名になりました。

ポイントは冷水にあるそうです。彼曰く、先ずは近所のサウナを味わってから"しきじ"を訪れて欲しいそうです。

アトピー性羅患者にとってサウナは一つの賭けに感じるかもしれません。ただ個人的には結構O.K.の印象でした。思い切ってサウナの温度変化にチャレンジする価値はアリでしょう。

アトピー性皮膚炎には、"水"が一つのキーポイントなのかも知れません。

プレミアム オーガニック ルイボスティー

2020年 子の年 徒然

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あけましておめでとうございます。

令和2年、2020年はねずみ年。オリンピックも開催予定。

神社やお寺でおみくじを引いた人もこれから願掛けに出かける人も、この年の十干十二支の巡り会わせとセットでポジティブに励んでみてはいかがでしょう。

ソモソモ、十干十二支って3,000年前以上も昔の話に編み出された、暦とか方位とかに関わる神様との対話とかの記録と、慣わしの記録などから産まれた確率論・・・?

未来を予見するための道具。当たるも八卦当たらぬも八卦もこの一部。科学的根拠は無いと言ってしまえば味気ない人生の様な気もするし、世の中、ミステリーが無いとは言えない。大きなことや小さなことで摩訶不思議な出来事も起これば、ラッキー・アンラッキーも実感したりする。

量子力学の世界でも確率論的だし、推し量れない未来や世界を想像する一つの手法として、3,000年前から活用していた十干十二支で今年の占ってみれば・・・?

今年は庚子(かのえね・こうし)。60年周期で訪れる金生水の年。金性と水性とは相性がよいとされています。庚にも子にも、上昇の雰囲気があって、暦では相性の良い歳とされています。

ちなみに新年2020年の前の庚子の歳つまり、1960年(昭和35年)の出来事は・・・。

今上天皇のご生誕
横浜ベイスターズ(当時は大洋ホエールズ)の優勝
哀しい事件もありましたが、割愛。

当時の流行語は、声なき声・低姿勢・所得倍増・私はウソは申しません・家付き・カー付き・ババ抜き等々・・・。

この年にジャイアンツは川上監督が就任、巨人ファンの皆様の将来に光明が輝き始めるスタートの年・・・?

池田内閣と言えば、自民党でかつてないほどの実績を残した年・・・。高度経済成長の華々しい時代の始まり・・・?

池田勇人総理は1950年"貧乏人は麦を食え"とメディアが当時、蔵相だった彼の答弁に、辛らつなレッテルを張ってコテンパンに報道されたこともある総理。

歴史は繰り返す・・・?もしかしたら2020年を境にして経済が上昇するかもしれません・・・?

この年産のワインは、 リヴザルト[1960] 750ml 赤リヴザルト[1960]Rivesaltes白

還暦のお祝いに・・・?

初夢 年末 縁起

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世間には旬とか節句とか、記念日とかの年中行事とか、あるいは、先人を偲ぶ日などがあります。

そう言えば、カレンダーも来年用に掛け替えないとイケナイ季節になりました。

イキナリですが、そのカレンダー(暦)はそもそも人類が繁栄するための予定記録表・・・。

一つの目印でもあって、季節の移ろいを知る手段でもあります。種をまく時期を知るとか、天体の動きを神話と重ね合わせて祭礼を行って、集団の結束を固めたりに使用されて来たなどと、お勉強してきました。暦は集団を統御する道具でもあった・・・。

今年も今日一日で区切りをつけて明日から新年。初夢や書初め、初詣で賑わいを感じる場があちらこちらで、始まります。

日々の暮らしの中で、時の流れを顕著に感じる一つの出来事に、景気から来る街の賑わいから感じる事もあります。毎年末のクリスマスの騒めきとか、人の流れとか・・・。

バブルな時代と、最近では色々な面でその雰囲気・色合いに違いを感じるのは当たり前かもしれませんが、それは人口の減少とか、高齢化とかも後押ししているのか、高揚感というか沸き立つ雰囲気というか、今は何となく粛々と、クールに過ぎ行く様な印象なのです。

人集まる賑わいの場の半径とか、個人々々の運動量というか熱量というか、例えばガスコンロな過去と電磁調理器の今の様な、ある意味効率的で場の半径での温度差が、今の方が格差があって、クッキリと境界線があって、別の言い方をすれば白熱灯とLEDの違いの様な違いの様な印象・・・。

さて、睡眠で夢を見るというのは、眠りの浅い時に起こる生理現象という事で、今ではその様にして知られています。

哺乳動物ではホボホボ睡眠をして、夢を見るのだそうで、そう言えば過去に生活を共にしていたワンちゃんも、寝ながら吠えていたりしていました。寝相も明らかに、夢見ているかのように四足を動かして、笑わせてくれたり・・・。

科学的には夢を見ている時は、覚醒した時に備えて脳内で、最適化を図っているそうです。なので、夢が覚醒時の悩みにならない様にしましょう。

仮想と現実はベツモノという事です。あなたの未来に夢での物語が影響を与える可能性は、極めて低い様です・・・?

とは言え、初夢は好い夢を見た方が縁起が良いと思うのも他方にはあって、願わくば一富士二鷹三茄子の惰眠を貪りたいモノです。

という事で何で初夢は、一富士二鷹三茄子なのか?を調べてみたら、富士は不死・無事、鷹は高、茄子は成す・成就にかけた洒落という言い伝えがメジャーな様です。

言い伝えと言えば、地震雷火事親父も最近は言わなくなった・・・。話がそれそうなので元に戻して、睡眠中の脳内の最適化はホボホボ、ネガティブな出来事が多くて、落語の様に寝直して夢の続きを見たいと思う夢は、まれなケースなのではないでしょうか・・・?

これは危険予知トレーニングのために、夢を見るのだというお話を聞いたことがあります。睡眠中は無防備状態、捕食される可能性があるので心配しつつ眠りに入るという、長年の習性から来ると言われれば、なんとなく説得力を感じたり・・・?

その事の真偽はこの際、置いておいて、良い経験や優位な経験・気持ちの良い夢は、ホボホボ見られるケースは少ない。

逆に子どもがオネショをするのは、良い夢を見ていてツイツイトイレに行く事を惜しんでしまうからなのか逆に怖い夢を見ているのか・・・?

そう言えば人生経験の浅い子どもたちは空を飛んだり、まだ見ぬ明るい未来を正に夢見ているのかもしれません。ならば世間に擦れれば擦れる程人の夢は悪夢へと・・・?

子どもたちには明日が楽しみな夜は、中々眠れない。成長するに従って、すなわち年を取ればとるほど逆に睡眠不足は、明日の希望と関係が無くなっていく・・・。

なので、睡眠障害は早めに治療が必要。それ程ひっ迫していなくても、睡眠の質は深さに関わりがあるという事なので、あまりに夢見る夢子さんも、睡眠不足の恐れがあるのかもしれません・・・。

とは言え、初夢は良い夢で始めたいモノです。

さて、来年の事を言えば鬼が笑うとも、昔はよく言われていたモノです。このサイト落語ではございませんが、このネタも尽きかけているので、何時もの様に取り留めのない本日のお話も、これまでm(_ _)m

よいお年を。

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漢字 起源 学習 効果

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この頃は、ネットとPCの普及で、家庭でもビジネスでもタイピングが必須気味な世の中になりました。

だからといって、ワープロの誕生のお陰で、英語を覚えるのではなくせいぜいローマ字の知識程度で、日本語を使える様になって欧州諸国同様、タイプで書類も手紙も葉書も書ける様になりました。

日本では今尚、肉筆にこだわりがあって、ワープロの方が読みやすいし、能率的なのだけれど、"文"で意思の疎通を図る時、"心を込めて"とか、"礼節"とかで、肉筆を選択するケースは少なくありません。

逆に考えてみれば、字を書くという行為に、なにがしかの拘り・呪縛・愛情があるからだとも言えるのではないでしょうか・・・?

特にカナとか漢字圏の国々では、書くという事に毛筆が発明されたからなのか、書道・書生の様にアートな文化も開花しました。

字を書いたキャンパスに感動を感じたり、空海の真筆に価値があるのは、紛れもない書への憧憬でもあり、価値がある証拠です。

ひと昔前までは子どもの教育には、本棚に国語辞典や漢和辞典は必須であるかの様にどこの家庭でも備えていたモノです。

読み書きそろばんは教育の原点の必要条件で、古来より最低限の学習・カリキュラム。ひらがな、カタカナを覚えて漢字を覚える。そして読み書きを学習して、記録のインプット・アウトプットが出来る様になる。

聴覚以外での意思の疎通、ビジュアルでの疎通が可能になるワケです。私たちは簡単と習慣のため漢字を漢字として漢字を一般名詞にしています。

しかし、その歴史をたどれば、殷(商)の民が編み出した文化だったのは、小学校で勉強しました。その甲骨文字の発明が、漢字へとその名が変遷する様になった。

甲骨文字とは、亀の甲羅や動物の骨に鋭利な刃物の様なモノで記された文字。何でそんなことを殷(商)人たちは、行ったのか・・・。それは紛れもなく神との対話の手段だった。

当時の世間は謎に満ちていた。祟りもあれば、予知能力も、呪い・祝い神託、罰(バチ)も今以上に濃密に時空に充満していた。その回答を神に求める行為が、国家の義務だった。神を敬い、恩恵を賜り神の加護の下で国家は、運営されていた。

話しは少々それますが、当時の易姓革命はホボホボ、国家のトップのご乱行で、神に接近し過ぎたが故の、自惚れから発生したと史実では、謳われています。

国家の統制が機能しているのは、自分の統率力だと思い込み、自分は神だと思い込む脳内回路が生まれて自滅というのが、易姓革命の一つの理由だったと・・・?

そんなコンナを繰り返している内に、甲骨文字は人と神の通信の手段から、人と人の間のソレに移行しました。

殷(商)人たちの甲骨文字は他の国々の文字のプロトタイプとして使用される様になり、長い時を経て漢民族も借用する様になって、漢字と呼ばれる様になった。

これは余談ですが、互いに異国で産まれたという意味では漢字と今のパンダは、同じ歴史を辿っていたワケなのでしょうか・・・?

さて、私たちは漢字の変遷に何の疑いもなく、これを日々活用しています。甲骨文字の意味するところを知らずに漢字を活用して来たのが、漢字圏の民族たちだった・・・?

それは多分につい最近までに至っていて、漢字の解釈に強力な説得力を持っては来なかった。ただしそれは、一人の学者を除いての漢字に関する学会での連綿と続いて来た歴史の中でのお話として・・・・。

それは国境を越えた漢字のあらゆる学会の慣性とも言えて・・・?ただ一人気を吐いて、大多数の漢字に造詣の深い人々の口を塞がせるほどの強烈な説得力をもって、甲骨文字の解釈を研究した学者が、かつて日本には生きていました。

彼の研究にケチをつける漢字に精通していると豪語するいわゆる学者たちやその範疇に及ばない人々も当時は居られたのか、そんな彼らは彼以上の説得力をもって漢字の由来についてホボ論破できなかったのだとか・・・???

今では以来、現地での調査も進んで、当時よりも詳細な事実が続々と判明されて来て増々、甲骨文字から漢字までの研究は発展しているそうです。

大多数の漢字を活用している人々に、沁みる漢字への洞察、その意味するところを強烈な説得力で研究され、産まれたのが「字統」。

その詳細はすでにウィキペディアで紹介されているのでココは譲るとして、白川博士は学園紛争賑やかな頃、暑い研究室で作業に没頭されていて、ゲバ棒、ヘルメット、タオルでマスクをした多くの学生たちの喧騒に対してある時、研究の妨げと憤慨し、注意のために研究室から出て来て半裸状態の姿で、彼らに向かって静粛を叫ばれてた事があるそうです。

その話を聞いた一人の学生が思い出として、武田鉄矢さんにお話されたとか・・・?その学生ははしだのりひこさんだった。3,000年以上もの昔、武丁が即位した頃に文字は誕生したと言われています。

漢字は今の時代にアルファベットの様な利便性を備えさせるために、省略化されて大陸と列島ではその字の姿も、かなり違ってきました。この国では、ひらがなやカタカナが生まれてその点、逆に漢字の省略化があまり必要ではなかったのかもしれません・・・。

漢字には当て字として、使用される特徴もあって、大陸では音が一緒だからという意味で、別の字をあてがったりもされている様で、他の文字を使用している文化圏の人々にとっては、その辺りがややこしくなりそうです。

文字として横書きも縦書きも出来る機能性を備えて、多少の変身も使用用途で安易に想像できるという意味においては中々、フレキシブルな文字だとも思うのですが・・・。

世が進むにつれて、手書きの機会が少なくなるにつれ簡単な漢字も思い出せなくなるのは、ヤッパリ漢字は書く行為としては揮発性が高いのかもしれません。読めるが書けない漢字は結構あるモノです。

漢字の持つフォルムに色々な感情を込めたり、想像したり情緒を表現したり、仮名との組み合わせで俳句や和歌を味わったり、掛け軸で凛とした空間を設えたり、私たちはビジネスにもアートにもある意味、気にも留めずに目にしているのかもしれません。

大陸で産まれて、この国でその解釈に情熱を捧げて光採を放った一人の天才が現れて・・・。殷というこの国の呼び名には後の国家から、蔑みの意を持って名づけられたというお話も史実には残っています。

なのに後世の人々は、文字だけは(?)チャッカリ借用して、今尚広く・深く使われてる・・・。早い頃から漢字に慣れ親しむ事は、読解や書き方を知る事にもなりますが、それ以上に物事の抽象的な捉え方や発想力を養ってもくれたりして、子どもたちには興味を持って早いうちから、修得して欲しいところです。

漢字には、奥の深い色々なモノを感じます。

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憂鬱 冬 対策

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人は他の動物以上に環境に適応出来るから、世界中に拡散しました。

そして土着して、肌の色や、眼、髪もそれぞれの環境に見合った姿形に馴染んで生き抜いてきています。

それは、人に与えられた食生活の多様性のお陰でもあったしモチロン、人類の世界中の拡散には知能も貢献しました。

私たちはバラエティー番組などで、世の中の様々な耐性を兼ね備えた動・植物に、驚かされたりしますが、それらの行動範囲を軽く凌駕してしまったのが、私たち人類。

一時なら深海にも、宇宙にも行ったことのある生物は、この地球上では、人ぐらいなのでは・・・?

人が環境に対応できるというのなら、環境に左右されやすいという考え方もできるわけでそう考えると、その土地々々で食生活を変えられざるを得ない自然界からの虐待(?)に耐えて、他にも温度や日照時間、酸素濃度、湿度にも耐えて順応して来たとも言えるワケです。

耐性を維持しているという事は、応力に気づかぬ内に依存している・・・。気づかぬうちにエネルギーを代謝しているとも言えて、物理的にも作用・反作用の法則で、人は力を使っている・・・?

そうなると、それに依存しない民族に比べて、そこに住んでいるがゆえに、余分なストレスに対抗している事になって、負荷がかかっている状態に耐えているとも考えられます・・・。

一方、私たちは四季を感じる喜びと、他方で真夏や真冬の厳しさとかにあるいは、梅雨の長雨にウンザリさせられたりもしたり・・・?そこで、年中春や秋の様な気候に憧れたり・・・。それでも四季の季節の中で過ごしていたいとか、温暖化とかにも気になったりします。

そんな事当たり前だし、時々は考えるけれども、ショッチュウ気にしていられない・・・と思うかもしれません、それでも私たちは、それらの気づかぬストレスに、曝(さら)されているとも考えられます。

そもそも生きているだけで生物は、ストレスに曝されている。
更に人には産まれてから死ぬまでに色々な"波"が訪れて、そんな事も考えると例えばバイオリズムも、一つの波とも言えます。

何某(なにがし)らの波には、振幅や波長を無意識に感じられるワケで、その振る舞いに含まれる数字的な意味とか物理的真実を知る事になって、円運動とかスピンの概念が何となく身について、繰り返しとかも何となく想像できる・・・。

その様な波にはリズムの強弱という考え方も出来て、調子が良いとか良くない時だってあるのも真実として受け止められる。

同時に私たちは、慣性に支配されていて、急には止まれない毎日を、気づかぬうちに過ごしているとも言えます。色々な要素が加味されて、チョッピリややこしい・・・?

そんな事を考えると、青春は立ち止まったり、振り返ったりせずにただただ前進、突っ走るというセリフは、少なくとも正解とは言いにくい・・・?"青春"を"働き盛り"と言い換えても、同じな様な気がしませんか・・・?

もしかしたら、気づかぬうちにウッカリ陥穽にハマっているのかも知れません。

日本人プロ登山家の一人、野口健さんがとある講演で、冬山の登山中、雪多い山中で滑落すると、周囲は真っ白で無重力状態になって落ちていく時、その感覚は真っ白な空間に立ち止まっている様な錯覚に陥る、というお話をされたことを覚えています。

強烈な変化に見舞われているにも拘らず、自分の立場・状況に気が付かない状態です。

中でも気が付きにくいのが、感情の起伏。(くどい様ですが)その中でもウツは静かに忍び寄る・・・?

ヨーロッパでウツが多いのは、日照時間が作用しているという報告も見かけられたりしています。

冬になって、運動不足もウツに陥りやすい・・・。偏食もウツを招き寄せる一因という報告もあったり・・・。

この冬をウツに悩みそうなら、その対処方法を知って予知・予防出来れば幸いです。周囲の人にその様な人がいれば極端な話、命の恩人にもなりかねません・・・。

冬のウツに打ち勝つ色々な方法

1. 朝日を浴びる散歩を楽しむ

2.運動をする

3.食生活を見直す

4.趣味や興味を持つ


1. 朝日を浴びる散歩を楽しむ


人類にとって東から昇る太陽には、特別な感情が込められる様になっているみたいです。
体内でも朝日を浴びれば好結果をもたらす作用が確認されているそうです。

メラトニンというホルモンが生活にリズムを与えてくれる効果がある事は、色々な処で紹介されています。

2.運動をする


運動が身体に、健康に不可欠な事を知らない人はいないでしょう。

新陳代謝を正常に機能させてくれるのは、身体を動かして筋肉や骨格、肺や心臓が血流に作用して、それに伴ってあらゆる器官を活性化させて動物の生きている常態ソノモノだと言えます。

3.食生活を見直す


偏食はウツに通じる道の一つとして、注目されています。

多様な食を与えられた人類には、逆に多様な栄養素が必要な身体になって来た。

動物には与えられた食し方があるのは、これはもう当然の領域で、馬や牛・羊と、ライオンやトラやヒョウ、イルカやアザラシ・オットセイの食に違いがあるのは、その生きている場所とか、スタイルとか、進化とかで変わっているのは如何にも否定できません・・・?

人にとって、ウツになりやすい偏食とはモチロン、好きなモノだけ食べて嫌いなモノは食べない事から来る栄養の不足。

特に気をつけたいのが、野菜から摂っている栄養。ビタミン・ミネラル・繊維質などが挙げられるでしょう。更に魚介類に含まれる栄養素の内でもDHA・EPAも必須の様です。

食す事が情緒に影響を及ぼすのは、臨床的に古来より経験として、知られています。

4.趣味や興味を持つ


人それぞれには独特の感性が宿っていて、衣・食・住以外でも、好き嫌いがあるのはココで一々説明しなくても良いのかもしれません・・・。

それは、得手・不得手とも言えるでしょう。時には不得手を克服しないとイケナイ宿命も訪れる事もあるかもしれませんが、自分にとって得意で、愛着を感じる趣味や興味に没頭するのは、少なくとも情緒の安定につながり、穏やかなフィーリングとか、爽快感とか、ポジティブな心持に誘導してくれる、個人々々の長寿の秘訣にもなるかもしれません・・・。

朝日を浴びる快感と海上で風を感じて射幸心を煽る、船釣りが個人的には幸福感を感じるひと時なのは余談ですが、楽しいモノです。

人それぞれの幸福感を味わえる趣味や興味を持つことは、確実に人生を豊かなモノにしてくれて、死ぬことの恐怖すら感じさせてくれるかもしれません・・・。

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教育 悩み 親子鷹

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子どもが授かって喜び溢れるご夫婦も、スクスク成長してくれる我が子に元気に健全に育って欲しいと願いつつも、いかにして育てなければいけないのか、若いお二人なら悩む事もあるかもしれません。

子育てとは、親子共々の成長のプロセス。教えたり、教えられたリの生活の始まりとも言えるでしょう。

希望あり悩みもあり、時には失敗は許されない緊張感に押しつぶされそうな重圧感も、感じる事があるかもしれません。

核家族・近隣との疎外感、孤立した私たちの家族、頼れる何物も無いように感じてしまって、夫婦が不安になってしまったら行く末も不安になったり・・・?

もし、我が子を優秀な国立大学への進学とか、エリートコースを歩ませたいのならば、日々の親子の対話が最も大切な行為で、さらに家族が健全に過ごせることが必要な様です。

逆に言えば子どもの幼い頃から、会話のない親子ほど後に、後悔を強いられるケースが多い様です。

幼児期には親の助けがないと、哺乳動物も、もちろん人類もスクスク育つ事ができない。目が見える様になり、聴覚も胎内の頃にいた以上に機能し出したら世間の色合いや音を感じ出して両親の温もりも感じながら先ずは、スクスク元気に成長してくれて、赤ちゃんはとにかく泣く事で親に助けを求めることになる・・・。その期間はせいぜい、1~2年・・・。

その内、歩けるようになって会話をする事も可能になって、段々と行動範囲が広がって、何事にも興味を持つ頃がやって来る・・・。

この頃に、例えば家庭の事情で、モノを秤で測ったり、重さを計ったり、時間を気にする作業を親とかが作業していて子どもがそれを見たら、何をしているのか興味を覚えたりします。

時には手伝ったりも・・・。

チョットした手習いを出来始める頃に、楽器とか、絵の具とか、鉛筆とかハサミ、その他の道具類に興味を示してゴソゴソ何かを始めたり・・・・。

そんな折にたまたま達成感を覚えたり、満足感に満たされたりして継続する力を知る様になったら、子どもたちは彼らなりにケジメをつけるまでその行為に没頭したり・・・。

その内に物事の分析や解析を、例えば計算とか、読み書きの様な切り口から、あるいは情感から感じられる抽象的な概念を悟れる知恵もついて来て、理性と情緒を制御することも覚える様になります。

そうなったら主観性や客観性のイメージが判り始めてこの時、何のために勉強するのか遊ぶのかを、自ずと決められる心が芽ばえれば、後は親は傍観しつつ子どものベクトルが希望の方向を指す様にバックアップできれば幸いなのかもしれません・・・。

昨今の教育事情はひと昔前に比べて、多岐にわたる様になりました。

例えば、プロムラミングの導入とか、ボランティア活動の経験とか、文化人類学的なフィールドワーク、スポーツに手習い等々に英会話・・・。

もし、中学受験を目指すのならそれらに、多少の精通・知識を両親に、問われたりもします。

子どもにとっても、それを望むか否かを判断できる知恵を、それ以前に培って欲しいと思うのも、親心の一つなのかも知れません。

話変わって、江戸末期。

徳川幕府が終焉を迎えて、明治政府が樹立する時に官軍サイドでは西郷隆盛が、幕府サイドでは勝海舟が表舞台で次のご時世の談判をする事になりました。

世界の歴史では、この様な折には市民革命や易姓革命の様な派手な攻防が、勃発して政権が交代するものですが異国の介入もなく、江戸が火の海になる事もなく、比較的穏やかに時代は代わって行きました。

勝海舟はこの時、慶喜を米国に亡命させるための手立てとか、江戸の町を火の海にして、日光へ落ち延びて慶喜の存命を図り、徹底抗戦の折の事にも頭を巡らし、あらゆる状況に対応できる様にしていたそうです。

史実に残る無血開城は、対外的に最も不安定だった国政を、他国に侵攻されることなく移譲出来た大きな成果と言えるでしょう。

江戸の町民の存命にも貢献出来ました。戦禍を極力押しとどめる事も出来ました。

その勝海舟は旗本とは言え、無役の父の下で子どもの頃はスクスク育った。父の小吉は読み書きもおぼつかない程のヤンチャで、周りの住人からは慕われてはいたモノの、チョッピリ任侠的な人だったそうです。

あまりの粗雑さから本家からは度々叱責を受けて、海舟も養子として本家に引き取られそうになったのを強く固辞して、自ら育てる様になりネコ可愛りする程の様でした。

けれども小吉は彼自身、剣には心得があったモノの、自分では息子を剣を教えず別に道場に通わせ、勉学にも励ませて周囲の付き合いのある住人には、トンビが鷹を産んだと自画自賛していたそうです。

海舟が犬に咬まれて大けがをしたときには、四六時中息子を介護したエピソードは、有名になりました。

貧しい家庭に育った勝海舟。小吉は全く勉学とは、ほど遠いお父さん。

そんな海舟は、咸臨丸で米国まで赴いたし、坂本龍馬を育てたし、無血開城も成し遂げました。更に西南の役で一刻、汚名を帯びた西郷隆盛を評価して、その栄誉を回復もしました。

亡き父の孝行を無事に成し遂げた、幕末の偉人でもあった勝海舟。教育パパの下で育てられた偉人のイメージです。

そんな海舟ですが、伴侶には同じ墓に入りたくないと拒まれたそうです。彼は結構ハンサムで、浮き名を流していた・・・?

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M-1グランプリ お笑い 芸人 徒然

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M-1グランプリで、ミルクボーイが見事に受賞、オメデトウゴザイマス。彼らのネタで、コーンフレークが売れに売れている・・・?

コーンフレークに、あれだけの笑いが秘められていたのには、審査員の皆様の反応でも伺えます。

漫才は二人の会話から溢れ出る創作喜劇・・・。過去にもお笑いが一世を風靡した時代もあって、コメディーはもっともっと昔からある文化。

そもそもこの国では室町時代に悲劇と喜劇の文化が、鮮明に歴史として記録されていて、それらは能と狂言として学校でも教えられたリしています。

今回のM-1グランプリでは、オール巨人さん、上沼恵美子さんの現役関西の芸人お二人がエッジの効いた審査員をこなして、それもM-1グランプリの面白さを提供してくれて、多くの視聴者を笑わせてくれました。

ダウンタウンの松本人志さんも芸人界のヒエラルキーに則って、参加している方々や視聴者にも負のストレスを感じさせることなく、見事に任された立場をこなして、笑わせてくれました。

MCのお二人もさぞや、緊張されたことでしょう・・・?

そんな事考えてみると芸人さんは例えば、サーカスのピエロの様に華やかでスリリングなパフォーマンスと喜劇の中の、喜劇のカテに徹していてその中で、聴衆を楽しませてコソの芸人というレッテルが貼られていて、笑わせてくれれば笑わせてくれるほど、プロ根性が見え隠れしている様にも思えます。

お笑い芸人の皆様の刃渡りをする様な、会話の技術には、舌を巻かざるを得ないでしょう。その緊張感すら笑いに持って行く技術、逆に言えば、一歩間違えると奈落の底に転落してしまう会話の妙・・・?

それにしても、お笑いに経済が絡むと、そこに必然の生殺与奪が発生して、純粋に人を笑わせる事が好きな芸人でも、名を上げるにはそのシステムに否が応にも組み込まれることに・・・?そういう意味では、お医者さん同様に職としては日々の精進が問われる商売とも感じたりします・・・。

芸人さんには社会を映したり、人目を惹いてメッセージを発したり、クラウドの色合いを微妙に演出できるベクトルが、与えられているからなのかもしれません・・?そのあり様は、あたかもインフルエンサー・・・。

これは紛れもない一つの権力にも通じていて、他の権力を保持している人々にも影響がでて来て、それを保持した時点で生殺与奪の掟に従わなくてはならなくなる・・・?ご本人にしてみれば有名税が、課せられた事に・・・。

なので、様々な既得権者から突つかれたり、モテハヤサレたりして、世間の荒波にもまれる人生に船出する事にも・・・?名を売り、顔を知ってもらって世渡りしないといけない芸人さんは、本当に覚悟が必要でしょう。

時に重圧に押しつぶされそうな時もあるし、無重力状態を味わう事もあるでしょう・・・。それでもお笑い芸人なら、笑いで応えないとイケナイ・・・?それでこそ、プロフェッショナル・・・?

そんな事をツラツラ考え出してしまうと、先端で頑張っておられる芸人さんの知力・体力には脱帽せざるを得なくなって来て、迂闊にも笑わせて頂いた自分自身に、冷や汗と羞恥心をツイツイ感じたり・・・?

それでも尚、お笑いに神技的な芸人の皆様の漫才には、その様な事をも感じさせない笑いを提供してくれる・・・?

笑う門には福来る、笑いある人生は長寿の秘訣・・?世の中、悲劇と喜劇で成り立っているのかもしれません・・・。とは言え、お笑い談議でこの様な真面目(?)なお話は、水を差す行為なので、無粋なお話なのでしょう。マァそうは言っても、笑いのない人生は確かにツマラナイ。

さて、今回のM-1グランプリでは、ラグビー代表の3人も参加されていて、その中に稲垣選手も・・・。彼の活躍で印象的だったのが、スコットランド戦。

メチャクチャ、カッコよかった!
思わず涙腺が緩んでしまったあの光景で、稲垣選手はイカツイ戦国武将のイメージ。眉一つ動かさずに、何事もなかったかのようにミッションをこなしていく頼れる戦国武将の様・・・。

彼が、M-1グランプリで相変わらずの表情で一層の笑いに対する一見、対照的な映像が相乗的にお笑いのエンターテインメントを押し上げてくれてもいた様に感じたり・・・。

どうせここまで無粋なお話をしてしまったので、最後の最後まで・・・。古来、記紀は関西で産まれて、能も狂言も関西発。神武東征以来、この国の文化の色濃いこの地の笑いには、色々なエッセンスが詰まっていて、今なお結構面白い・・・。

昨今のお笑い業界では色々な事件もあって、お笑いとは言え看過できない出来事には、厳しいお笑いで反省も促す・・・?

もし、そんな発想が当たっていて、お笑いが効果を発揮してくれたら、笑う門に、福来る・・・?

お寺 徒然

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年末年始になれば、お参りで良くオジャマするお寺さん。あるいは、供養やお墓詣りにとかも・・・。

一般的に、キリスト・イスラム・ユダヤ教は信仰すると言われ、仏教は信心すると言われています。

神は天上にあるのが一神教(キリスト教・イスラム教・ユダヤ教)・・・?仏は信心する者と共に内にある・・・?チョッピリ色合いの違いがありそうな気がします。

仏の周りにはお花も添えられたリ、寺社には水気が多いし、鬱蒼とした樹々もイメージするし・・・。

そもそもお釈迦様も、ほぼほぼアーリア人。一神教の皆様と同じ民族のキリスト様と同じで、生きていたお人。

なのに、お釈迦様の教えは大陸の東へ東へ広がって行って、他の宗教とは違って広がって行きました。発祥の地が北インドだったからかもしれません。

お釈迦さんは修行で解脱を、悟りを目指して出家。煩悩を乗り越えて、真理を追い求めて覚悟して、説法を生涯に尽くして仏様に・・・。

解脱すれば輪廻転生から外れて時空からも解放される状態に・・・?

お釈迦様は説法の際、口伝を常としていた。記録を厭い、御経も無かったし、阿弥陀も菩薩もいなかった。何を祀りなさいとか、豚肉を食うなとか、決められた時に祈れとも言わなかった・・・。

比丘尼(弟子)の説法がお釈迦様の入滅後も続いて、阿弥陀や菩薩が生まれて、お経も唱えられる様になって、気付けば宗派も色々と生まれて行った・・・。

キリストのもとでの、サンタクロースや讃美歌なども同様のあり様なのかもしれないけれど、その辺りの事は話しがそれるのでこの辺りで・・・。

日本に上陸した仏の教えは、半島と大陸から海を越えてやって来て・・・。後日、数回にわたりこちらからも出向いて、修業にも・・・。

そのつながりは、当時のトップクラスの彼の大陸の和尚さんが、視力を失ってでも来日されたという強烈なエネルギーをもって、この列島にも釈迦の教えがどんどん伝来した・・・。

その頃既にこの国には神殿があって、若干の衝突はあったモノの、一時期は融合したかのようにまとまったり、離れたりして結局共存しているのが、今日まで続いています。

私たちの多くは多分に何のためらいもなく、年末年始はお参りに・・・。誰に文句を言われこともなく、お参りしようとしなくとも自由、偏見も無ければその様な事に関しては、なんら強烈なこだわりもない・・・。

これって世界的に見れば、普通ではない・・・?一方で宗教の弾圧は、お国お国で未だに無いとは言えない。

さて、この国でもお寺が理由で遷都があったし、焼き討ちもあった。権力が伴う時、権力者に疎外されたり、駆逐されかけたりもありました。

当時はそれに関わる人々にとってはナーバスで、微妙な問題だったのかも知れません。

今結構有名なお寺と言えば、大仏さんの東大寺、聖徳太子の法隆寺、比叡山延暦寺や高野山の金剛峯寺・・・。

京都では清水寺とか金閣寺や神社も沢山あります。それは、それらのお寺のソモソモの建立の意味よりも観光スポットとして有名になっての事の方が、多分なワケで知られる様にもなったと、言えなくはないかもしれません。

ソモソモ沢山あるお寺の建てられた意味を、時にならって考え直してみた時、一つの歴史が見えて来て面白そうです。

仏教が伝わった当初は、こんな話を聞いて来たから始まったのでしょう。でその詳細を聞いて興味を持ち、そのお話を蓄積されて独自の捉え方を模索して、ドンドン複数の人々に知られる様になって、お寺が建てられる様になった・・・。

それには相当な費用が掛かるし、富と材料と建立する人々も必要になって来た・・・。時に国家事業であったし、ある時には有力者の下でお寺は建てられた・・・。

お寺に応分の費用がかけられたのは、権力の象徴でもあり広告塔の意味合いもあったでしょう。だから、エネルギーを費やしてお寺を建てた。

権力を募集すれば、他方の権力者の権力を奪う事になる。それでも権力者同士が争わずに共存するには、一方の権力の移動という方法も考えられて、平安遷都というのはそう考えると、一つの手段だった。

権力は時と共に、それを持つ者をとっかえひっかえされて、表情も変えて流転する。具体的には貴族から武士への台頭とか・・・。同時にそれを獲得した者の個性で、統治の方法も当然変わって行く。

そんな事もあって寺々には多少の権威は残るモノの、その権力は往事よりも徐々に削がれて行って、それぞれのポジションで落ち着く事になり、それを維持できるものは残り、廃れる者は消えいく・・・。

それと同時に、仏の教えに研究に熱心な人々は、時と共に色合いを変える様々な、新たに出会った仏の教えを追求して、研究しては独自の発想を加味して説法を行う。

当初、釈尊が興した悟りの手法には無かった、後の信奉者たちの様々な物語が、悟りへの手法に加味されて、例えば仏像が彫られたり、経典が産まれたり、お経も読まれる様になって、

小乗とか大乗とか戒律とか、当初あった緩い縛りが経年の変化で、独自に確固たる取り決めの様になって、それが宗派を差別化する記号になって行く・・・。

そんなコンナを行ってきたお寺さんから生まれた文化は、例えば喫茶や瞑想、造園、加工食品、etc.を産み出して、何より庶民教育にも貢献して来ました。

人々の生殺与奪も握った事もあったでしょう、同時に文化にも貢献した。

その事の始まりは、釈迦の出家から始まった・・・?